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五姓田義松は、1880年にパリに渡って、アカデミーの画家レオン・ボナから人物画を学びました。初めてパリの国際的な公募展、サロンに入選した日本人画家でもあります。義松は、約7年に及んだパリ留学をおえて、アメリカのパトロンのもとに向かいます。その途中、ロンドンに滞在したときにこの作品を制作しました。描かれた人物は、当時、仏英に留学していた細川護成という伝承もありますが、確定はできません。護成は、元首相・細川護煕ほそかわもりひろの祖父・護立もりたつの実兄にして養父ようふの政治家です。義松がヨーロッパで描き今も遺のこる作品は、けっして多くありません。この作品は、留学時の技術を示す貴重な肖像画です。(柏木智雄)
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五姓田義松は、1880年にパリに渡って、アカデミーの画家レオン・ボナから人物画を学びました。初めてパリの国際的な公募展、サロンに入選した日本人画家でもあります。義松は、約7年に及んだパリ留学をおえて、アメリカのパトロンのもとに向かいます。その途中、ロンドンに滞在したときにこの作品を制作しました。描かれた人物は、当時、仏英に留学していた細川護成という伝承もありますが、確定はできません。護成は、元首相・細川護煕の祖父・護立の実兄にして養父の政治家です。義松がヨーロッパで描き今も遺る作品は、けっして多くありません。この作品は、留学時の技術を示す貴重な肖像画です。
(柏木智雄)