当サイトではJavaScriptを使用しております。 JavaScriptをONにして再読み込みを行ってください。
このページの本文へ移動
横浜美術館コレクション検索
English
コレクション検索TOPへ
横浜の開港に伴い異国趣味の風物を描いた絵は、横浜絵とかハマ絵などと呼ばれ、1860年以後の一時期、非常に数多く制作されました。歌川国芳うたがわくによし門下の芳員よしかずは、生没年も不詳ですが、1860年から68年まで、横浜絵で大活躍した絵師。浮世絵は一枚の絵もありますが、複数の絵を一組にした揃そろい物ものや続き絵も多くあります。これも、三枚を連ね、横長で一続きとなる大画面を活かして、国籍不明の外国人たちが集う建物内部を細かく描いた絵。右に料理する男女、奥に髭ひげを剃そられる男。中央のシャンデリアのある広間は、楽器を演奏する者や豊かな食卓を囲む者たち。そして港横浜であることを印象付けるかのように、左には海と船を望む光景が描かれています。(八柳サエ)
Page Top
横浜の開港に伴い異国趣味の風物を描いた絵は、横浜絵とかハマ絵などと呼ばれ、1860年以後の一時期、非常に数多く制作されました。歌川国芳門下の芳員は、生没年も不詳ですが、1860年から68年まで、横浜絵で大活躍した絵師。浮世絵は一枚の絵もありますが、複数の絵を一組にした揃物や続き絵も多くあります。これも、三枚を連ね、横長で一続きとなる大画面を活かして、国籍不明の外国人たちが集う建物内部を細かく描いた絵。右に料理する男女、奥に髭を剃られる男。中央のシャンデリアのある広間は、楽器を演奏する者や豊かな食卓を囲む者たち。そして港横浜であることを印象付けるかのように、左には海と船を望む光景が描かれています。
(八柳サエ)