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石井林響は、十代で橋本雅邦はしもとがほうに入門。林響は、伝統的な狩野派かのうはの手法に西洋的な表現を採り入れて新しい日本画をめざした雅邦を、深く敬慕けいぼしました。林響が23歳の時、雅邦は死去しますが、その頃、伊豆の新井旅館の主人・相原沐芳あいはらもくほうに才能を見出されます。沐芳のもとには安田靫彦やすだゆきひこや今村紫紅いまむらしこうら若手画家が集っており、林響は彼らと共に制作に勤いそしみました。この絵はその前後の作と考えられます。奇行で知られた唐の修行者・寒山かんざんと拾得じっとくは、近世の禅画の好主題。常人離れした不気味な笑いを湛たたえた図が有名ですが、この絵の二人は、怪異な雰囲気ながらもどこか思慮深そうです。陰影を活かして人間味ある表情を細やかに描いたところに、工夫が見られます。(内山淳子)
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石井林響は、十代で橋本雅邦に入門。林響は、伝統的な狩野派の手法に西洋的な表現を採り入れて新しい日本画をめざした雅邦を、深く敬慕しました。林響が23歳の時、雅邦は死去しますが、その頃、伊豆の新井旅館の主人・相原沐芳に才能を見出されます。沐芳のもとには安田靫彦や今村紫紅ら若手画家が集っており、林響は彼らと共に制作に勤しみました。この絵はその前後の作と考えられます。奇行で知られた唐の修行者・寒山と拾得は、近世の禅画の好主題。常人離れした不気味な笑いを湛えた図が有名ですが、この絵の二人は、怪異な雰囲気ながらもどこか思慮深そうです。陰影を活かして人間味ある表情を細やかに描いたところに、工夫が見られます。
(内山淳子)