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伝でん神しん洞どうとは、池上秀畝が東京・上野にひらいた画塾の名前。秀畝はそこで多くの門下生を育てました。ここには主に、交流のあった人々から画塾にもたらされた四季折々の贈り物が描かれています。旬の果物、野菜、魚介類、森の獲物、諸国の銘菓などのほか、裏庭で手折った花々も。29年間で全部で6巻、200図余りに及びます。秀畝は若い頃、東洋の古典絵画を倣ならう伝統的な修行をしましたが、当時日本に入ってきた西洋絵画の影響を受け、目の前の自然を精密に描く写生にも打ち込みました。濃密で華やかな花鳥画で知られる画家ですが、そこに宿る瑞みず々みずしさは、自然の恵みに敬意をもってその細部へと目を向ける、こうした写生から生み出されています。(内山淳子)
※他の巻もご覧いただけます。
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伝神洞とは、池上秀畝が東京・上野にひらいた画塾の名前。秀畝はそこで多くの門下生を育てました。ここには主に、交流のあった人々から画塾にもたらされた四季折々の贈り物が描かれています。旬の果物、野菜、魚介類、森の獲物、諸国の銘菓などのほか、裏庭で手折った花々も。29年間で全部で6巻、200図余りに及びます。秀畝は若い頃、東洋の古典絵画を倣う伝統的な修行をしましたが、当時日本に入ってきた西洋絵画の影響を受け、目の前の自然を精密に描く写生にも打ち込みました。濃密で華やかな花鳥画で知られる画家ですが、そこに宿る瑞々しさは、自然の恵みに敬意をもってその細部へと目を向ける、こうした写生から生み出されています。
(内山淳子)
※他の巻もご覧いただけます。