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競馬は、横浜開港後に来日した外国人がもたらした、西洋文化のひとつです。この作品に描かれているのは、日本初となる常設の洋式競馬場として1866年に開設された、横浜の根岸競馬場と推測されます。作者の平岡権八郎は、画家として活躍する一方、銀座にパリ風のカフェを開業するなど、経営者としても手腕をふるいました。また、養父が横浜で営んでいた遊園地「花か月園げつえん」の文化事業を企画するなど、娯楽文化とも繋つながりの深い人物でした。この絵は、馬と騎手をクローズアップするのではなく、引いた位置から、競馬場の風景を捉とらえようとしています。おそらく、作者の関心は、観戦を楽しむ人々を含めた、競馬という文化そのものにあったのでしょう。(日比野民蓉)
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競馬は、横浜開港後に来日した外国人がもたらした、西洋文化のひとつです。この作品に描かれているのは、日本初となる常設の洋式競馬場として1866年に開設された、横浜の根岸競馬場と推測されます。作者の平岡権八郎は、画家として活躍する一方、銀座にパリ風のカフェを開業するなど、経営者としても手腕をふるいました。また、養父が横浜で営んでいた遊園地「花月園」の文化事業を企画するなど、娯楽文化とも繋がりの深い人物でした。この絵は、馬と騎手をクローズアップするのではなく、引いた位置から、競馬場の風景を捉えようとしています。おそらく、作者の関心は、観戦を楽しむ人々を含めた、競馬という文化そのものにあったのでしょう。
(日比野民蓉)