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中島亨斎は江戸後期に生まれた画家。歴史上の偉人や故事を題材とする人物画を得意とし菊池容斎きくちようさいに学びました。歴史人物585人の肖像画に略伝をつけた容斎の刊本『前賢故実ぜんけんこじつ』の制作助手も務めています。のちに横浜で画塾を開き、歴史画を教えました。この絵は武将・楠木正成くすのきまさしげを描いています。流刑るけい地の隠岐島おきのしまから京に帰る途中の後醍醐天皇ごだいごてんのうを出迎える姿です。明治時代には天皇中心の歴史観が高まり、楠木正成(敬称:楠公なんこう、楠子なんし)は忠臣のかがみとして人気の画題でした。この絵は『前賢故実』にならった典型的な楠公図ですが、力のこもった手先や足先の描写には天皇を先導する役割に気負い立つ心があらわされ、生身なまみの人間らしさが感じられます。(内山淳子)
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中島亨斎は江戸後期に生まれた画家。歴史上の偉人や故事を題材とする人物画を得意とし菊池容斎に学びました。歴史人物585人の肖像画に略伝をつけた容斎の刊本『前賢故実』の制作助手も務めています。のちに横浜で画塾を開き、歴史画を教えました。この絵は武将・楠木正成を描いています。流刑地の隠岐島から京に帰る途中の後醍醐天皇を出迎える姿です。明治時代には天皇中心の歴史観が高まり、楠木正成(敬称:楠公、楠子)は忠臣のかがみとして人気の画題でした。この絵は『前賢故実』にならった典型的な楠公図ですが、力のこもった手先や足先の描写には天皇を先導する役割に気負い立つ心があらわされ、生身の人間らしさが感じられます。
(内山淳子)