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小茂田青樹は、17歳で川かわ越ごえから上京しました。東京で今いま村むら紫し紅こうや速水はやみ御舟ぎょしゅうとともに日本画を学び、若い画家たちを支援した横浜の原はら三さん溪けいにも認められます。この絵は、紫紅を中心に結成された研究会、赤せき曜よう会かいの展覧会のために、仲間と横浜に写生に出かけ、制作されました。描かれているのは現在の山下公園通り。今ではイチョウ並木が見事ですが、関東大震災前は松が植えられていました。西洋から伝わったヨットレースが愛された横浜らしく、背景にヨットが見えます。震災後、この絵の杭の向こう側が倒壊した建物の瓦が礫れきで埋め立てられ、山下公園が誕生しました。三溪が「赤曜会買入」として購入した「東京横浜真景写十六葉」の中の1点と考えられます。(内山淳子)
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小茂田青樹は、17歳で川越から上京しました。東京で今村紫紅や速水御舟とともに日本画を学び、若い画家たちを支援した横浜の原三溪にも認められます。この絵は、紫紅を中心に結成された研究会、赤曜会の展覧会のために、仲間と横浜に写生に出かけ、制作されました。描かれているのは現在の山下公園通り。今ではイチョウ並木が見事ですが、関東大震災前は松が植えられていました。西洋から伝わったヨットレースが愛された横浜らしく、背景にヨットが見えます。震災後、この絵の杭の向こう側が倒壊した建物の瓦礫で埋め立てられ、山下公園が誕生しました。
三溪が「赤曜会買入」として購入した「東京横浜真景写十六葉」の中の1点と考えられます。
(内山淳子)